復興祈念公園駐車場横に、気仙沼線志津川駅の痕跡が残っている。
Googleマップには表示されず、航空写真にするとホームに上がる通路階段が何となく判る感じ・・・
1976年2月に工事が完了したのであろう、そんな記し。僕が10歳になって間もなくだ。
志津川駅から志津川高校へ向かう道。この界隈も悲劇の地として、記憶に残っている・・・
志津川高校から撮影された映像。とても痛ましい内容だが、僕らはこの現実を忘れてはいけない。
島式ホームの面影が残っているが、かつての線路はアスファルトに変わっていた・・・
保存に向けての整備は最小限に留めてあるようだ。
保存というか、やがて風化し埋もれて行ってしまうのかな・・・
動画を見た方はお判りかと思うが、津波が乗り越えてきた盛土部分。ソレが気仙沼線の路盤。その破壊力の爪痕が残っている。
津波、水のチカラって怖い。
震災後、気仙沼線はBRTで仮復旧を遂げたが、鉄道としての本復旧叶わず柳津ー気仙沼間55.3Kmは、2020年4月に鉄道事業が廃止された。
悲願の鉄路であったはずだが、34年と短命に終わってしまった。
志津川と陸前横山間の全面展望動画を、記録されている方がいた。前回のエントリーで語っていた、眺望に歓喜していた区間。残しておいてくれたことに感謝。
現実的なことを言えば、気仙沼線の存続の可否は震災を機に加速しただけで、遠からず選択を迫られる状況だったのかもしれない。
震災後クルーズトレインが登場したので、仙台から三陸海岸を経て青森に抜けるコースが実現できていれば、実に魅力的。ただ、ソレだけでは力不足。
地縁遠縁。思い出のある者として、鉄道の存続を願い廃止は残念でならなかったが、ソレもまた、無責任な物言いなのかもしれない・・・
さて南三陸町だが、観光地なのかというとそうでもなく生活の場、そんな街。でもとてもいいところ。もし興味を持ってくれたら是非訪ねてほしい。その景色と長閑さが嬉しく感じる場所だと思う。
18-50mm F2.8 DC DN + X-S10